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灘簡易裁判所 昭和37年(ハ)277号 判決 1965年3月27日

原告 福島凉 外一名

被告 株式会社神戸製鋼所

主文

被告は、原告福島凉に対し金一、五五九円、原告三野利昭に対し金四五五円八〇銭を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、事実の主張として次のように述べた。

一、請求原因事実

原告両名はいずれも被告会社神戸工場に勤務する従業員である。

(一)  原告福島凉は、昭和三七年六月一六日午後二時三五分頃、午後三時から一〇時に至る交替勤務に就労するため、被告の神戸工場に入場しようとしたところ、被告会社は通用門において被告会社側の守衛をして原告福島の入門を阻止せしめた。

守衛等が原告福島の入門を阻止した理由は、原告福島が手にもつていた新聞の点検を拒んだことと、その部数が二部以上であつたことにある。

(二)  原告三野利昭は、昭和三七年六月二九日午後二時二五分頃、午後三時から一〇時に至る交替勤務に就労するため、被告の神戸工場に入場しようとしたところ、被告会社は通用門において被告会社側の守衛をして原告三野の入門を阻止せしめた。そのため原告三野は入門が遅れ、ようやく午後四時四二分入門のタイムカードを打つことができた。

守衛等が原告三野の入門を阻止した理由は、原告三野が本と一緒に小脇にかかえていた新聞の点検を拒んだことと、その部数が二部以上であつたことにある。

原告等はいずれも右の入門拒否に抗議して入門しようとしたが、被告側の門衛及び保安係員四、五名が原告等に対し、右所持品の点検を強要し、且つ保安係員数名が互に腕を組んで原告等の前に立ちふさがる等の実力行使によつて入門を阻止したことにより、いずれも原告等の就労を不能ならしめた。

右被告側がした入門阻止については、仮りに原告等が保安係員の阻止を排除して強引に入門して就労したとしても、被告はただちに原告等を職場から退去させる処置に出ることができるばかりでなく、後日就業規則違反として原告等を後記の就業規則の各条項にしたがい処罰することもできるから、この点原告等に点検要求に応じなければ不利益処遇をするという心理的圧力を加えることになるので、被告は原告等に点検を強要したものといえ、これは原告等の入門を阻止する力となつたものである。特に原告三野については、本件事件に先立つ昭和三七年一月頃同人が点検を拒否して入場したところ、保安課長を含む被告会社の職制が三野を会社外に追い出したので止むなく帰宅したこともあり、本件事件当時には被告等は右就業規則によつて原告等を懲戒に処するおそれが大であつたので、被告の要求する点検は原告等に多大の心理的強制となつていた。

現に被告会社の従業員である訴外川原某は、昭和三七年一月一三日「アカハタ」二部位、同年六月二〇日雑誌「前衛」の持込を行つた際、被告会社の保安係の阻止を聞かなかつたために、懲戒解雇の処分に処せられているような事情もある。

原告等は被告会社の従業員として、被告と雇傭契約があるもので、原告等が被告に労務を給付する義務と、被告が原告等に賃金を支払う義務とで対価的な双務契約の関係にあるが、原告等の労務を給付することは、右のような被告の点検強要、入門阻止のために履行することができなくなつたもので、債権者である被告の責に帰すべき事由によつて履行不能となつたものだから、民法第五三六条第二項により、債務者である原告等は反対給付である賃金の支払を被告から受ける権利がある。しかるに被告は原告等が就労できなかつた分の賃金を勝手に差引いて(賃金カツト)しまつたので、原告等はその分の賃金を次の額により被告に支払うよう求める。

原告 福島凉 金一、五五九円

右は福島の一ケ月分の賃金総額二九、七五五円を一ケ月分の労働時間一二〇時間で割算して一時間分の賃金を算出したものに、右就労不能となつた一日分の労働時間七時間を掛算して算出したものである。

原告 三野利昭 金四五五円八〇銭

右は三野の一ケ月分の賃金総額金四一、二五〇円を一ケ月分の労働時間一八一時間で割算して一時間分の賃金を算出したものに、右就労不能となつた労働時間二時間を掛算して算出したものである。

二、点検要求の根拠とその正当性についての主張に対する答弁

被告が主張する就業規則が存在していることは認めるが、物品搬入搬出等についての規程が存在していることは不知である。仮りに右規程が存在しているとしても、原告らの新聞アカハタを入門に際し持込もうとしたことは、就業規則第三〇条及び物品搬入搬出等についての規程第一六条第一八条に言う点検を受けるべき物に該当しない。

即ち、就業規則は経営秩序を維持するため労使を規制する一種の規範と考えるべきであるが、一度成立すると労使双方を規律する客観的規範として妥当とするものであつて、その解釈運用は合理的になさるべきは勿論、濫用にわたつてはならない。

就業規則第三〇条第一項によると「日常携帯品以外の物品を携帯して出入するときは、所定の持出証又は持込証によつて守衛の点検を受けなければならない」と規定し、日常携帯品以外の物の点検を義務づけ、物品搬入搬出等についての規程第一六条第一項には、「従業員は作業衣、傘、洗面用具など日常携帯品及び書籍、雑誌、軽易な運動用具、その他これに類するものの外、私品の持込をしてはならない」と規定し、同第一八条では私有品の持込みについて点検を義務づけている。右の規則、規程を合理的に解すれば、日常携帯品の持込みは自由に行ない得るが、その他の私用品については点検を受けなければならないことになる。

さらに又就業規則は経営秩序の保持を目的とするばかりでなく、或る企業、或る職場における労働者の生活保持を保障する意味をも有する。これは就業規則の作成義務について定めた労働基準法第八九条、作成手続における労働者の意見聴取義務について定めた同法第九〇条等の法条の立法趣旨からも明らかである。したがつて就業規則の解釈、運用は会社にとつての企業秩序維持の必要性という面と、他方労働者にとつての生活保障の必要性という面から、合理的に行わなければならない。

それ故本件における原告等の新聞の持込みに対する点検要求について、原告等が点検に応じるべき義務があるか否かについても、右の合理的解釈に照らして判断すべき筋合のものである。そうすると本件でした新聞二、三部あるいは五、六部の新聞持込みは、点検を受けるべき私用品とは言えない。

その理由は、次のとおりである。

(一)  現代に生きる者が新聞を五、六部数読むことは常識であり、本件の新聞数部は原告等の日常生活にとつて必要欠くべからざる生活必需品であるから、就業規則第三〇条第一項に規定された「日常携帯品」に含まれるものであつて、同項により点検を受けなくても持込ができるものと解すべきである。

(二)  従来新聞を二部以上持込んだことにより、被告会社の職場秩序が乱れたこともないし、被告会社は本件事件の前後である昭和三六年末から翌三七年中頃までは本件と同様の点検を行つたが、右の期間の以前にも以後にも私物点検は行なわれていないのであつて、このことは被告会社にとつては職場秩序維持等の経営上の必要はなかつたことを意味し、かように会社側の職場秩序維持等の必要性がない本件の新聞持込行為は、元来就業規則第三〇条の規制外にあるとも言える。

そして原告等の生活にとつて必要だという点については、新聞の種類の異同とか日付の異同とかは問題となり得ない。仮りに持込もうとした新聞が同種、同日付の新聞だつたとしても、同僚から依頼されて持つて行つてやる必要がある場合もあり、手渡のが就労中でなければ、決して会社の経営にとつて不都合なことはない。

したがつて被告会社側が、原告等が新聞を二、三部あるいは五、六部持つて入門しようとしたのに対して、点検を要求した行為こそ、就業規則第三〇条に反する違法な行為である。

なお被告が点検の適法性、正当性を理由づけるために引用する福岡地裁昭和三六年一〇月二四日判決は、過去に不正隠匿が所持品検査によつて摘発されている等の事情から、所持品検査の果している効果及び経営の業態を考え、検査は必要欠くべからざるものとして合法性を肯定したのであつて、本件とは事案を異にする。

三、就業規則第三〇条等は憲法違反もしくは公序良俗違反であるとの主張

仮に原告等の新聞持込み行為が就業規則第三〇条、物品搬入搬出等についての規程第一六条、第一八条に規定された、点検を受けるべき物であるとしても、同条は憲法第一一条、第一二条、第一三条及び第二一条第二項に違反するものである。

右憲法各条によれば、私有品の点検はおよそ私人の為し得るところではなく、その基本的な要請は個人の尊厳を保障するものだから、本件のように私人が私物検閲をしようとした場合にも適用されるべきで、いわゆる憲法違反である。

又憲法違反そのものと言えないとしても、右憲法各条はいわゆる憲法秩序をつくつているものだから、本件の就業規則第三〇条、及び物品搬入搬出等についての規程第一六条、第一八条は、右憲法各条の趣旨にもとり、憲法秩序に反するので、当然公序良俗違反として無効と言うべきである。

したがつて右各条項によつてする点検は違法である。

四、本件の点検行為は公序良俗違反又は権利濫用であるとの主張

仮りに被告のした点検要求が就業規則第三〇条にもとずくもので、右就業規則、物品搬入搬出等についての規程第一六条、第一八条が違憲もしくは公序良俗違反として無効でないとしても、本件でした被告の具体的な点検行為は、公序良俗に反するか又は権利濫用であるから、違法なものである。

その理由は次のとおりである。

(一)  被告の企業経営にとつて、本件のような点検は必要がないこと。

これは前記二(点検要求の根拠とその正当性について)の(二)で述べたとおりである。

(二)  新聞を持ち込んでも被告にとつては何の弊害もなく、部数も二、三部と五、六部の少部数であること。

新聞は二部以上持ち込んだ場合でも、原告等被告会社の従業員は、不特定の人に渡していたものではなく、すべてロツカーのところで依頼された特定の人に渡していたのであつて、作業の支障とならぬよう充分配慮していた。

(三)  被告会社が行なう点検は、特定の新聞、つまり「アカハタ」についてのみ行つていること。

被告会社は、スポーツ新聞と普通の新聞を持つて入る時には文句も言わず、「アカハタ」については点検を要求し、「アカハタ」とその他の新聞を異例に取扱つている。

(四)  被告会社が行なう点検は、特定の労働者についてのみ行なわれていること。

被告会社は原告等の特定労働者、つまり「アカハタ」を読んでいる労働者を対象にしてのみ点検を行なつている。

(五)  特定の時期についてのみ点検が行なわれていること。

被告会社が行なう本件のような点検は、昭和三七年五、六月頃に集中的に行なわれたもので、右の時期は昭和三七年七月には参議院議員選挙が行なわれたことと関連して行なわれたことが明らかである。

(六)  原告等の新聞持込は公然と行なつていたこと。

原告三野は新聞を四つ折にして手に持つており、原告福島は新聞を右小脇に抱えていたもので、公然と行なつていた。

そして以上(一)、(二)で述べたとおり原告等が新聞「アカハタ」を数部持ち込もうとしたことは、何ら被告会社の秩序維持を害するものでなく、被告会社にとつては点検の必要性は全く認められないのに対し、他面(三)、(四)、(五)で述べたように、点検を特定の物、特定の労働者ならびに特定の時期についてのみ行なつていることは、元来人の思想は所持品を点検し、その内容を検閲することによつて最も容易に把握できるものであることを考え合わせると、本件の点検要求は、原告等の思想信条を調査し、検閲することを意図して行なつたものであることが明白である。

そうすると被告会社が要求した本件の点検行為は、労働者の差別的取扱を禁止した労働基準法第三条に反するもので、且つ憲法第一一条、第一二条、第一三条、第一九条及び第二一条第二項の趣旨に反し、公序良俗に反する違法なものである。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁及び事実の主張として次のように述べた。

一、請求原因事実に対する答弁

原告がいずれも被告会社神戸工場の従業員であることは認める。

被告会社の守衛が原告等に対し、携帯品点検の要求をしたことは認めるが、就労を拒否した事実はない。

原告等は「被告が点検を強要することにより、原告等の就労を阻止した」と主張するが

守衛等は原告等に対し、就業規則に従い点検を受けるよう要求しただけであり、物理的力を用いて入門を阻止したのではなく、原告等があくまで点検を拒否し守衛の説得を無視して入門しようと思えば、守衛としてはこれを実力をもつて阻止することはできなかつたであろうことであり、原告等がそのような行為に出た場合、被告としては就業規則にもとずき、規則違反の事実につき、相当の処置をとるまでのことであるので、原告の主張は当らない。

二、点検要求の根拠とその正当性についての主張

被告会社がその守衛をして原告等に携帯品点検の要求をしたのは、適法に制定され昭和二七年五月一日から実施されている被告会社の「従業員就業規則」(以下単に就業規則と称する)中別紙に記載した第三〇条の第三項にもとずくものである。

右就業規則第三〇条の趣旨と内容は次のようなものである。

即ち、従業員は所定の業務に就くために入門するのであるから、本来私物の持込を必要としない。又会社工場内における秩序維持職場規律の確立、施設や従業員の安全危険防止、盗難予防等の見地からすれば、従業員が何等の私物を携帯しないで入門することが望ましい。しかし一切の私物の持込を禁止すれば従業員に必要以上の不便を強いることになるので、一定の物については持込を認める必要があり、又まれには一定の私物の持込が作業上必要な場合もありうる。

そこで先ず右第三〇条第一項では、日常携帯品は点検を受けることなく持込み得るが、それ以外の物の持込は、所定の持込証によつて守衛の点検を受けなければならないことを定めている。

次に同条第二項では、「前項の細部並びに業務上の物品の搬出搬入については別に定める」と規定し、適法に制定され、昭和二七年一〇月一一日から実施された被告会社の「物品搬入搬出及び持込持出規程」(以下単に物品搬入搬出等についての規程と称する)では、第一六条第一項において「従業員は作業衣、傘、洗面具など日常携帯品及び書籍、新聞、雑誌、軽易な運動用具その他これに類するものの外私品の持込をしてはならない」と定めており、就業規則第三〇条第一項に言う「日常携帯品」の定義をすると共に、右規則に定める点検を要しないで持込みうる私物の範囲を書籍、新聞、雑誌等日常携帯品に類するものにまで拡げ、例外的に私有の器具類で作業上特に持込を必要とするものについては、一定の手続(物品搬入搬出等についての規程第一六条第二項、第一七条)のもとに、持込みを認めることとしてある。

しかして物品搬入搬出等についての規程第一六条第一項において、「書籍、新聞、雑誌等」の持込みを許したのは、これらの物は就業規則第三〇条第一項に言う「日常携帯品」ではなく、又作業上必要なものでもないが、従業員は通勤途上又は休憩時にこれらを利用することがあるものであるから、日常携帯品に類するものとして持込みを許したものであり、したがつて右第一六条第一項列挙のものであればその数量を問わないという性質のものではなく当該従業員がその物の性質上自ら必要とする数量に限られることは当然であり、書籍、新聞、雑誌等については同一のものを二部以上持込むことはその必要もなく、又右持込を許す目的にも反するのであるから許されないのである。

そして従業員が持込みを許されない私物を持込む等の規則違反行為の防止のために、就業規則第三〇条第一項、物品搬入搬出等についての規程第一八条では、所定の場合には従業員は守衛の点検を受けるべきことを義務づけ、又就業規則第三〇条第三項では「前二項の外必要ある場合は守衛の請求により携帯品を点検することがある」と定め、入門しようとする従業員が持込みを禁じられた私物を持込もうとする疑がある場合等守衛において点検の必要ありと考えた時は、携帯品の点検を要求することができ、この場合従業員はこれに応ずる義務がある。このことは物品搬入搬出等についての規程第一八条に明定されているところである。

しかして原告等は本件事件の日、いずれも多部数の新聞らしきものを携帯して入門しようとしたものであり、守衛が右両名に対し携帯品の点検を求め、右両名が携帯している新聞が持込みうるものか否かを確めようとしたのは、守衛として就業規則第三〇条第三項により職務上当然なし得ることであり、原告等は右規程第一八条によりこれに応ずる義務があつたものである。

したがつて原告等が就労できなかつたのは、債権者である被告の責に帰すべき事由によるものではないから、債務者である原告等には反対給付である賃金の支払を受ける権利はない。

三、就業規則第三〇条等が憲法違反もしくは公序良俗違反であるとの主張に対する答弁

就業規則等にもとずいてする被告の点検要求は、押収捜索のごとき強制力を行使するものでないから憲法違反でない。(福岡地裁昭和三六年一〇月二四日判決―労民集一二巻五号九三五頁参照)

元来近代企業は種々の生産設備と多数の労働者を有機的に結合し、統制ある組織体として生産活動を行なつているものであるから、一定の秩序ないし規律が必要である。しかして入門する従業員の私物の持込みに関し、従業員の就労に不必要であり且つ従業員にとつても、持込みを必要としない私物の持込みを禁じ、その遵守を期するために所定の場合に守衛をして従業員の携帯品を点検させることは、会社工場内の秩序維持、職場規律の確立、施設並に従業員の安全及び危険防止、盗難予防等という目的に照し、必要にして妥当なことであり、又本件の点検は身体検査ではなく、直接強制力を加えるものでもなく、従業員の良識と協力を基盤としてするものであるから、その方法も妥当なものである。

さらに「物品搬入搬出等についての規程」の制定に当つては、被告会社の労働組合は右規程の制定に対し、異議のない旨の意見を述べており、又就業規則等に一定の物品外の私物の持込みを禁じ、携帯品の点検をなしうる旨を定めているのは、被告会社に限らず、工場を持つ企業にあつてはその多くが同様の定めを設けているから妥当なものである。

四、本件の点検行為が公序良俗違反、又は権利濫用であるとの主張に対する答弁

原告等が右の理由として主張する事実のうち、

(一)  「被告にとつて点検の必要性がないこと」については、工場をもつ企業である被告にとつては点検が必要であり、妥当であることは前項で述べたとおりであり、

(二)  「少部数の新聞の持込みは被告にとつて何の弊害もないこと」については、原告等の携帯していた部数の新聞の持込みが被告にとつて実害を生ずるか否かは点検の適否に無関係であり、守衛が持込みを許されていない私物の持込みが行われる虞のある場合にこれを防止するために携帯品の点検を求めることは正当な職務行為であり、

(三)  「点検が特定の新聞、つまりアカハタについてのみ行われていること」「特定の労働者についてのみ行なわれていること」及び「特定の時期についてのみ行なわれていること」については、本件の点検要求は特定の人、特定の物、特定の時期(特に参議院議員選挙直前とのこと)なるが故に行なつたものではなく、むしろ持込みを許された物品外の私物を持込もうとする場合、従業員は進んで点検を受け、又守衛から点検を要求された場合従業員はこころよく点検を受けているのが被告会社の点検の常態であるからすべて理由がない。

そして原告等はあたかも携帯私物の点検が、従業員の思想信条を調査するためにのみ行なわれているごとく主張するが、これ等は総て原告等の偏見であつて、点検の目的は前述したとおりであつて、右のような目的で行なわれていないから正当なものである。

(証拠省略)

理由

一、被告会社と原告等の雇傭関係、就業時間等

原告等はいずれも被告との雇傭契約により被告に雇われ、被告会社の神戸工場に勤務する従業員であることは当事者間に争いがない。

成立に争いがない乙第一号証、第三号証、証人上岡豊、川口正義の各証言、原告両名各本人尋問の結果、本件弁論の全趣旨を総合すると、被告会社の神戸工場(所在地の名称をとつて通称脇浜工場とも呼ばれているらしい)では、従業員の通勤用の通用門としては、西門のみを使用していたこと、右西門を入るとすぐ右側(南側)に守衛室があり、守衛室には被告会社側の保安課に属する若干の者が守衛(警備員とも呼ばれているらしい)をしていること、右守衛室の前を過ぎると貨車用の引込線があり、これをまたいで過ぎると右側(南側)に従業員用の更衣室があり、更衣室には従業員個人用のロツカーもあること、従業員が就労する作業場は、右更衣室のさらに東側奥にあり、作業場の入口にはタイムカードが設置されていること、したがつて勤務時間までに就労しようとする従業員は、通常少し早めに来て通用門から中に入り守衛室の前を通つて、更衣室に立寄り、ここで私服から作業衣に着替え、勤務時間開始までにタイムカードを打つて作業場内に入つて就労していること、被告会社従業員の就業時間は、同会社就業規則第一六条により、交替勤務としては三班に分けられており、昭和三七年六月一六日の原告福島凉及び同年六月二九日の原告三野利昭の就業時間は、通称二勤と呼ばれている(就業規則上の二班のことか)午后三時から午后一〇時まで就業すべき割当になつていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、原告等が被告会社によつて就労を阻止されたかについて

原告福島凉は昭和三七年六月一六日、原告三野利昭は同年六月二九日、いずれも午后三時からの二勤の労務に就くため、被告会社の西門を入ろうとしたところ、被告会社側の守衛から所持品の点検を強要され、且つ会社側の保安課要員によつて入門することを阻まれたことによつて、就労を阻止されたと主張し、被告は守衛等は原告等に点検を受けるよう要求しただけで、点検を強要したこともないし、実力で入門を阻止したこともないと争うので、この点につき判断する。

(一)  昭和三七年六月一六日の原告福島凉の場合について

成立に争いがない乙第三号証、証人上岡豊、泉恵一郎、川口正義、内田義次の各証言、証人上原静夫の証言の一部(後記措信しない部分を除く)、原告福島凉本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

原告福島凉は昭和三七年六月一六日、午后三時からの二勤に就労するため、午后二時三〇分を少し過ぎた頃、被告会社神戸工場の西門を入ろうとした。その際原告福島は日刊新聞「アカハタ」四部ほど(後記するように右当日福島が所持していた新聞のうちに同一日付のものが二部以上あつたか否かは、終局的判断に影響がないので、この点の事実認定をしない)を、はだかのまま四つ折にして小脇にかかえていたので、これを見た人は誰しも福島が新聞を持つたまま入門しようとしていることがわかる状態であつた。ところが福島が守衛室の前を通り過ぎようとした時、守衛の訴外上原静夫が福島を呼び止め、小脇にかかえているものは何かと尋ねたので、福島は新聞だと答えたところ、そこへたちまち保安課員の訴外下岡、田中、杉田等が立ちふさがり、福島に所持している新聞を点検させてくれと要求したのに対して、福島は点検を拒絶した。それからしばらく守衛室の前と引込線があるところの間で、右守衛等四、五人と福島は、守衛等は「同じ日付の新聞なら四部もいらないから持込まないでくれ。」「余分のは外でどこかへ預けてから入れ。」「このままでは中で配布するかもわからんから入つてはいかん。」等と言い、福島は終始「見せる必要はない。」と言つて口論をした。口論の方はやがて福島が所持しているものは日刊新聞の「アカハタ」で数量は四部だということまで答えた(福島は同一日付のものが二部以上あるか否かの点は答えなかつた)のに、守衛達はあくまで、その新聞を点検させるか、一部を超える分を外で預けてくるかどちらかにしろと要求した。そして福島は少くとも午后三時になる前に、二、三回は、ともかく就労させてくれと言つて前へ進もうとしたが、そのたびに守衛達はその前に扇型に立ち並んで福島の進行をはばみ、ある時は福島が前方へ向けかなり勢をつけ走つたのに対して、互にスクラムを組むように腕を組んで進行を阻止した。こうして就労開始時間の午后三時も過ぎてしまい、一勤帰りの従業員も加わつて守衛達に抗議したり、福島も配布するのが心配ならロツカーまでついて来たらよいではないかと言つたのに、守衛等も要求をゆずらず、口論が続けられ解決を見ないまま、やがて午后四時も過ぎてしまつたので、福島はもはや当日就労することは不可能と考え、午后四時二〇分頃になつてから、就労を断念して帰途についた。

そして証人上原静夫の証言中、原告福島が就労するため前進しようとしたのを守衛等が阻止したことがないように述べている部分は措信できない。

(二)  昭和三七年六月二九日の原告三野利昭の場合について

成立に争いがない乙第三号証、証人増田辰雄、青木広貞の各証言、証人向江脇登の証言の一部(後記措信しない部分を除く)、原告三野利昭本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

原告三野利昭は昭和三七年六月二九日、午後三時からの二勤に就労するため、午後二時三〇分頃、被告会社神戸工場の西門を入ろうとした。その際原告三野は日刊新聞「アカハタ」など五部ほどを、はだかのまま四つ折にして小脇にかかえていたので、これを見た人は誰しも三野が新聞を持つたまま入門しようとしていることがわかる状態であつた。ところが三野が守衛室の前を通り過ぎようとした時、守衛の訴外向江脇登が三野を呼び止め、何を持つているのかと尋ねたので、三野は新聞だと答え、さらにひろげて見せてくれと言われたのに対して、見せる必要はないと答えたところ、そこえたちまち保安課員の者三、四人がやつてきた。

それからしばらく守衛室の前から少し引込線の方へ寄つたところで、右守衛等は三野の前に立ちふさがりながら、こもごも、「何の新聞かひろげて見せてくれ。」「どんな新聞か、何部持つているかわからぬから通すわけにはいかん。」「就業規則にもとずいて点検する。」等と言い、三野は「見せる必要はない。」「私物を点検できるという就業規則は憲法違反だ。」等と言つて口論をした。そして三野は少しずつ前へ進もうとしたのだが、守衛等はその前にピケを張るように立ち並んで、三野の進行を阻止した。こうして就業開始時間の三時も過ぎてしまつたが、やがて三野の同僚の者が、被告会社内にある共産党事務所に連絡してくれたので、午後四時近く、右事務所から訴外大森某が来て守衛等と話し合つた結果、とにかく見せればよいだろうということになり、三野は持つていた新聞全部を守衛等に見せたところ、新聞の中には「アカハタ」もあつたが、とにかく全部種類が違うか、日付が違つていたので、三野は入門してもよいということになつた。ところが三野等は右のような守衛等とのごたごたのために就労開始時間に遅れたので、その点をどうしてくれると守衛等に抗議したのに、守衛等は要領を得ない返事しかしないし、被告会社の保安課長にかけ合つても、あとで話し合おうとしか言わないので、またその間に時間がかかり、結局三野が作業着に着替えてタイムカードを打つて就労したのは、午後四時四〇分頃になつた。

そして証人向江脇登の証言中、原告三野が就労するため前進しようとしたのを守衛等が阻止したことがないように述べている部分は措信できない。

以上に認定した事実によると、原告福島及び三野が就労のため被告会社の通行門である西門を入門しようとするに際し、いずれも被告会社側の守衛たち保安課員四、五人の者は、要するに原告等が小脇にはさんでいた物が新聞であることを最初から知りながら、その部数を確かめて、同一日付同一内容の新聞の二部以上の持込みを拒むと言う言分のもとに、原告等に新聞の点検を受けることを執拗に要求し、且つ点検を受けないまま入門して就労しようとする原告等に対し、その前に立ちふさがり、あるいはスクラムを組むように腕を組み合わせるなどして入門を阻止したことが認められるのであつて、他に右認定に反する証拠はない。

そうすると原告等はいずれも右保安課員たちの点検要求、入門阻止によつて、就労することを不可能にさせられたことが認められ、証人上原静夫、向江脇登、奥村三郎の各証言を総合すると、右点検要求、入門阻止は就業規則にもとずくという被告会社の指示命令によることが認められ、被告会社側の要員の職務行為として行なわれたことが明白であるから、右点検要求、入門阻止は被告会社が行つたことになり、かかる被告会社の点検要求などにより、原告福島は昭和三七年六月一六日の一日分(七時間)、原告三野は同年六月二九日の約二時間分が、就労不可能とさせられたことになる。

三、被告会社がした入門阻止が、就業規則第三〇条、もしくは物品搬入搬出及び持込持出規程第一六条、第一八条にもとずくものと言えるかについて

(一)  前段までの認定によれば、原告等は被告会社の入門阻止による就労拒絶のため、就労することを不可能にさせられたものであるから、被告会社がした就労拒絶が正当な権原にもとずくもので、且つ正当な権原の行使方法として社会通念上必要妥当と考えられる行使方法に合致するものでないかぎり、原告等の就労が不可能となつたのは被告会社の責に帰すべき理由にもとずいて履行不能となつたものと認めるべきである。そこで被告会社側としては、被告会社には責に帰すべき理由がなかつたことを主張、立証する必要があるところ、被告会社が行つた点検要求等の権原根拠として、別紙に記載したような就業規則第三〇条、物品搬入搬出等についての規程第一六条、第一八条をあげ、右規程によれば被告会社の従業員である原告等としても守衛の点検要求に応じて、所持品の点検を受けるべき義務があつたと主張する。

(二)  ここで被告会社には形式的意味でも実質的意味でも就業規則と呼んでよい成文の「従業員就業規則」が存在しており、その中には、第三〇条として、別紙に記載したような条項が存在していることは、当事者間に争いがない。

(三)  そして証人牧冬彦の証言、同証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、第四号証の一乃至三、五号証を総合すると、被告会社が主張する「物品搬入搬出及び持込持出規程」なるものは、就業規則第三〇条第一項に「日常携帯品以外の物品を携帯して出入するときは、所定の持出証又は持込証によつて守衛の点検を受けなければならない」とあり、第二項に「前項の細部並びに業務上の物品の搬出搬入については別に定める」とあるのを受け、被告会社によつて作成された成文のもので、作成に当つては被告会社の人事部調査課が立案したが、労働組合の意見も聴取したこと、施行日と定められた昭和二七年一〇月一一日には、同日付の被告会社社報中に掲記され、各課に配付して回覧もしくは見えやすい所へ掲げられたりしたこと、同月一三日には他の従業員賃金規則、従業員業務上災害補償規程等と共に、一括して神鋼神戸労働組合の同意書を添えて、神戸東労働基準監督署に届出されたこと、昭和二八年頃には被告会社の規程集にも登載されたことが認められる。

そうすると右物品搬入搬出及び持込持出規程なるものは、被告会社によつて作成されたものだが、就業規則に付属したものとして、被告会社の実質的意味の就業規則の一部をなすものと考えるのが相当である。

(四)  実質的意味における就業規則の法的性質及びその効力については、各種の説があるが、いかなる説をとつても、実質的意味における就業規則の条項に定められたことは、最少限においても、当該事業所における経営者と労働者の双方に対し、その経営、労働の場における社会規範として、規範的効力をもつものと考えられるから、本件においても神戸製鋼所に前記のような規則、規程がある以上、その従業員のみならず、経営者である被告会社自身も、これを遵守する義務がある。

(五)  そして実質的意味における就業規則を遵守するに当つては、成文の条項を解釈して実施するのであるから、その条項が定められた趣旨にもとずいて合理的に解釈しなければならないのであつて、その趣旨に反し濫用にわたつてはならないこと勿論である。

そこで被告会社の就業規則及び物品搬入搬出についての規程を、その立案趣旨にもとずいて合理的な解釈をしよう。

(六)  就業規則及び物品搬入搬出等についての規程の解釈

(イ)  先ず実質的意味における就業規則なるものは、経営者と労働者の関係をその事業場において調整しようとするものであるが、事業場なるものは右両者の間では一つの小世界的な社会となつているもので、労働者にとつては一種の社会的生活を行う場であることを注意すべきである。

右の点を本件の被告会社の場合について概括的に眺めて見ても、成立に争いがない乙第一号証、第三号証、証人上岡豊、田村昌澄、川口正義、牧冬彦の各証言、原告福島凉本人尋問の結果を総合すれば、被告会社の二勤では午後七時から一時間は休憩時間があり、この間を従業員は自由に利用できるわけであるし、出勤時でも、入門してからすぐに就労するわけでなく、先ず従業員用の総合ハウスなる更衣室へ行つて着替えするわけで、更衣室には従業員各個人用のロツカーもあるから、それへ私物を入れておくこともできるわけであるし、出勤を早めにすれば、この更衣室で雑談したりする自由時間もあるわけで、このような自由時間は従業員において食事をしようが、スポーツをしようが、雑談していようが自由なのであつて、その間の従業員は被告会社の事業所内ではあつても各人自由に社会生活を行つていることが認められるのである。

また成文の就業規則は通常従業員の使用者に対する服務を定めるような体裁をとることが多いので、使用者の従業員に対する規制的権力の面がとらえられやすいが、就業規則には経営者の経営の権利を守ろうとする作用の外に、企業の中で労働する労働者の災害からの安全を保障し、且つ労働者として有する権利ないし地位をある基準以下には引下げないということを保障する作用もあることに注意すべきであつて、後者のような作用があることは、労働基準法第八九条第一項では、常時一〇人以上の労働者を使用する使用者に就業規則を作成すべきことと、行政官庁への届出を義務ずけ、就業規則にかかげるべき事項も、第一号から第九号のとおり、休憩時間、休日等に関する事項、賃金の決定に関する事項、安全衛生に関する事項の外、当該事業所の労働者のすべてに適用される定をする場合にこれに関する事項というように非常に範囲が広いこと、第九〇条では就業規則の作成変更については労働組合等の意見を聴取すること等を定めていること、第九二条では行政官庁によつて労働協約に反した就業規則の変更を命ずることができるとされ、第九三条では就業規則で定める基準に達しない労働条件を定めた労働契約をその部分について無効とし就業規則で定める基準によらしめることが定められていることから明らかである。

したがつて就業規則を解釈するには、労働者が事業所内でする社会的生活に対する保障的作用という面を見逃してはならない。

(ロ)  次に実質的意味における就業規則なるものは、その一般的な沿革にもとづいて考えれば、これは経営者の方では多数の人によつて組織され、小社会を形成する経営体の維持発展のため、その経営ないし事業の場における秩序維持、労働条件に関し一般的に適用される基準としての規則の必要が感ぜられてきたこと、他方労働者の方では、雇傭の性質上、使用者の指揮命令にしたがつて労務を給付する義務があるので、労務を給付する場においては使用者が一般的に立てた基準に従つて就労する義務があることにもとづくことによるものと考えられる。

そして右のような経営者と労働者との各立場において、経営者がする秩序を維持しようとする目的のための規制と、これに対応する労働者側の雇傭の性質上使用者の定めた基準的規則に従う義務との関係で、両者にとつて本質的であり重要なのは、事業場において現実の労務が給付されている就労中のことについてである。

したがつて就業規則を解釈するに当つても、規則にかかげられたもののうち、就労そのものに関する事項についてのものと、就労そのもの以外に拡張して規制している部分とは、区別しながら解釈すべきであつて、右のうち後者のものについては、労働者が経営者との雇傭契約の性質上当然使用者の指揮命令に服さなければならないと考えられる範囲に属するものの外に、労働者の事業所内の社会生活をも規制する場合もあるから、これについては一般的に市民が社会生活を行うについて規範とされている通則的な社会規範との差異に着目し、特に当該事業所内では通則的な社会規範以上の規制を必要とする根拠があるかどうかを考えながら、就業規則にかかげられたとおりの規制を許すべきか否かを考えるべきである。

(ハ)  そこで本件について見るに、就業規則第三〇条は、成立に争のない乙第一号証によれば、就業規則(昭和二七年五月制定、同月一日から施行)の、第三章、「勤務」の章のうち、第三節「入出門、欠勤、遅刻、早退、外出及び面会」の節のうちに規定されており、同第三節中には他はほとんど就労そのものに関するものと思われるのに、第三〇条は入出門の際における労働者の所持品の規制を行なおうというものであるから、就労そのものに関するものとは考えられない。

そして前記(イ)で述べたように、被告会社の従業員には被告会社の事業所内にいる間にも自由に社会生活が行なえる時間があり、且つ更衣室のロツカーに私物を保管しておくことも出来るのに、就業規則第三〇条は従業員の入出門の際にその所持品の規制を行なつてしまおうとする点、事業所内での従業員の自由であるべき社会生活をも規制する結果になるし、その条項上の規制の方法としても従業員の所持品の点検をしようとするものだから、各従業員が個人として有するプライバシーの権利を不当に侵害するものであつてはならない。

(ニ)  しからば、就業規則第三〇条第一項で、

日常携帯品以外の物品を携帯して出入するときは、所定の持出証又は持込証によつて守衛の点検を受けなければならない。

と定められた趣旨は何にあるのであろうか。

この点につき被告会社側では、従業員は所定の業務につくために入門するのであるから本来私物の持込を必要としないのであつて、工場内における秩序維持、職場規律の確立、施設や従業員の安全危険防止、盗難予防等の見地からは、従業員が何等の私物を携帯しないで入門することが望ましい。しかし従業員に必要以上の不便を強いることがないようにするため、先ず就業規則第三〇条第一項では「日常携帯品」は点検を受けることなくして持込みができるようにした。そして右の二項を受けた物品の搬出搬入についての規程第一六条では作業衣、傘、洗面具の外に「書籍、新聞、雑誌、軽易な運動用具その他これに類するもの」の持込みも許してはあるが、これ等のものは就業規則第三〇条第一項の「日常携帯品」そのものではないが、従業員が通勤途上又は休憩時に利用することがあることから日常携帯品に類するものとして持込みを許したに過ぎないと説明する。しかし被告会社側がする右のような説明はあまりに狭きに過ぎるものである。先に述べたように、ここで問題になつている規定は、労働者の事業所内での社会生活をも規制する結果になるものでもあり、又いやしくも労働者が所持する私物を経営者側で点検しようとすることは、これが強制的な手段をともなわない場合(本件の神戸製鋼の場合においては成立に争のない乙第一号証によれば、労働者が会社側の点検要求に対して任意に応じなかつた場合には、少くとも就業規則の規定の建前上、当該労働者は会社の諸規則に違反したもの等として、出勤停止又は減給等のような懲戒―就業規則第七〇条第一項―に処せられる危険もあると考えられるし、被告会社も本件の弁論において、実力をもつて点検を行うことはないと言いながらも、労働者が点検要求に応じないで入門した場合は、規則違反の事実につき相当の処置をとることがあると述べている―事実摘示被告側の一の末尾―から、労働者としては会社側が要求する点検を拒絶することは事実上困難であるので、全く強制力をともなはないものとは言えないが)でも、従業員個人のプライバシーの権利と関連するので、それ相応な理由を具体的に説明すべきである(福岡地裁昭和三五年(モ)第三三六号事件昭和三六年一〇月二四日判決―労民集一二巻五号―は、かような理由が具体的に説明された事案と考える)のに、被告会社が列挙するような秩序維持等というような理由は抽象的に過ぎるもので、具体性を欠くから就業規則第三〇条の必要根拠の説明としては充分とは言えない。

そこで右条項の必要根拠について考えるに、被告会社の業務内容はいわゆる製鋼業であることは公知の事実で、就業規則は右業務に従事する多くの工員に適用されることを予想して作成されたものであることは明らかであり、且つ製鋼業なるものの性質上、他の企業に比し、労務を終へた労働者の帰宅時の出門の際には盗難防止の見地から、会社側では所持品の点検をしたいという理由があるかもしれないが、入門の際における私物の持込みは、現実の就労中において労働者が労務を給付するのにさしつかえがないかぎり、いかなる物を持込んでも、他の業態の企業にくらべ特に厳重な制約を要する必要があるとも感じられない。

そして、一般的にあらゆる業態の企業でも、労働者が入門するに際し、「社会通念的な意味の日常携帯品」を所携して入門すること自体は、労働者の自由とされていると考えられるから、被告会社においても就業規則で「日常携帯品を携帯して入門することを許す」と規定されていようが、いまいが、元来被告会社に従事する労働者たる者は、社会通念的な意味の日常携帯品を所携して入門すること自体は自由に許されるものと考えられる。

そうとするならば、被告会社の就業規則第三〇条第一項は従業員が入門するに際し社会通念的な意味の日常携帯品を所携して入門することが自由であることを明文をもつて示した点において、いわば念のために明文化しておいたものと見るべきであつて、点検ということも会社側では右の物以外の物についてのみ点検を要求することがあることを示したに過ぎないのであつて、むしろ従業員が社会通念的な意味の日常携帯品を所持したまま自由に入門できることを従業員に保障する作用をもつものと考える。

(ホ)  それ故、被告会社の就業規則第三〇条第一項を解釈するに当つても、その規定文中の「日常携帯品」というのは社会通念的な意味の日常携帯品と一致するものと考えて差支えないものと考えられ、社会通念的な意味の日常携帯品には今日のような文明社会では既に早くから新聞、雑誌、書籍のような物も当然含まれていたのであるから、新聞は就業規則第三〇条第一項の「日常携帯品」に当然含まれることは明らかであり、特に物品の搬入搬出等についての規程によつて、新聞の持込みを許すことを規定されるのを待つまでもなく、新聞の持込みは労働者が自由になし得るところであつたと言わなければならない。

しからば就業規則に付属の物品の搬入搬出等についての規程第一六条第一項で、

従業員は作業衣、傘、洗面用具などの日常携帯品及び書籍、新聞、雑誌、軽易な運動用具その他これに類するものの外私品の持込をしてはならない。

と定められていることも、元来右に列記されたものはすべて社会通念的な意味の日常携帯品に含まれているもので、既に本規定を待つまでもなく持込自由であつたと考えられるので、規定文中の及びという表現のいかんにかかわらずその前後で何らの区別をつけて考えるべきでなく、いわゆる社会通念的な意味の日常携帯品のうちの代表的なものを取りあげて、これを例示として明文をもつて示したに過ぎないと考えられる。

この点被告会社側が、新聞は日常携帯品そのものではなく、日常携帯品に類するものだと説明するがごときは、文明社会の何たるかを忘れた前近代的な独自の考え方であつて、全く取ることができない。

(ヘ)  さて私物の持込みについての規定は以上のように見るべきであるから、私物の点検についても、就業規則第三〇条第三項に、

前二項の外、必要ある場合は守衛の請求により携帯品を点検することがある。

と定められてはいるが、これはその前二項中にかかげられたのが、所定の持出証又は持込証によつて守衛の点検を受けるべきもの、業務上の物品、私物中の日常携帯品の三種であるから、一応日常携帯品以外の私物を対照とするものであることはわかるが、守衛が点検を要求できるのは「必要ある場合」にかぎると定められているのであつて、また元来就業規則第三〇条中には業務上の物品等も一緒に規定文中に入つているのであり、就業規則と物品搬入搬出等についての規程の各条項をつぶさに見ると、持込、持出証の外に、業務上の物品の出荷の際の出荷伝票の方式、交付手続等について詳細な規定が作られており、むしろ業務上の物品の出荷の際に間違いがおこらないようにする面に工夫がこらされていることが認められるので、その本来の趣旨は労働者の入出門における私物の携帯を制限しようとするものではなく、むしろ業務用の物品が私物に混じて盗難にかかるおそれがあることから防ごうとするものであることがわかり、就業規則第三〇条は結局業務上の物品の搬出については出荷伝票等が出され、それを守衛に示して搬出する、私物のうち日常携帯品については点検を要しない、日常携帯品以外の私物のうち、事業所内での業務上の作業に行使するものは持込証を交付して点検を受ける、その他の私物については持込証、持出証を一々交付するのも煩雑だから必要ある場合はという概念用語の範囲内で守衛において点検することができるとしたもので、こうしておけば大体において業務上の物品が盗難にかかることが防げると考えて作られた規定だと思われる。

したがつて日常携帯品以外の私物についても守衛が点検ができるのは、また右に「必要ある場合」というのを合目的的に解釈して、それが妥当する枠をきめるべきであつて、出門の場合なら、従業員が持出証がないまま携帯して持出そうとする物が、業務上の物品ではないかとの具体的な疑があり、これを見逃したのでは盗難を防止することが不可能になるおそれがある場合など、点検を必要とする具体的な理由がある場合にかぎられ、入門の場合なら、元来出門の場合ほど必要性は感じられないのであるが、考えるとすれば、従業員が持込もうとする物が、それの持込みを許したのでは、使用者の指揮監督に服すべき就労という面から見て、現実の就労の際にその職場規律をみだし、秩序維持を妨害する蓋然性が強い具体的な理由がある場合とか、工場施設や従業員の就労中の安全危険防止を妨害する蓋然性が強い具体的な理由がある場合にかぎられると考えられる。そして物品搬入搬出等についての規程第一八条には、

私有品の持込、持出の場合及びその他守衛が必要と認めた場合は、守衛の指示に従い点検を受けなければならない。

と定められ、右条項によれば、さも私用品の持込、持出はすべて守衛の点検を受ける場合で、必要のあるなしにかかわらず点検を受けなければならず、必要と認められる場合にかぎり点検を受けるべき物となるのは私用品の他にあるように読みとれるが、右条項は、就業規則第三〇条と対照してみれば、明らかにその間にくい違いがあるもので、私用品に関するかぎり、就業規則第三〇条では、日常携帯品はいかなる場合にも点検を要しない、日常携帯品以外の私物は具体的な必要ある場合にかぎり点検が許される旨規定されているのに、右規程第一八条では突如として私用品の持込、持出はすべて守衛の点検を受けるべきものとされていることになるのであつて、就業規則で定められた以上に著しく従業員の私物の持込、持出を制限することになるが、規則、規程という名称の区別、就業規則と物品搬入搬出等についての規程の内容全体を対照してみれば、物品搬入搬出等についての規程は、就業規則の付属規定として、就業規則よりは下位の規範であることは明らかであり、この効力も弱いと考えられるので、右規程第一八条中「私有品の持込、持出の場合は守衛の指示に従い点検を受けなければならない」とある部分は、上位の就業規則第三〇条に反するものであるから、無効であり、なんらの効力を有しないものと考える。

(ト)  そうすると、被告会社が労働者の入門の際に守衛をして労働者の私物の点検を行なえる可能性があるのは、就業規則第三〇条第三項によるものだけであつて、右条項が適用され得るのも、日常携帯品以外の私物を持込もうとする場合で、且つ前項で前述したような具体的な必要性がある場合にかぎられることになる。

そして新聞は社会通念上日常携帯品そのものに含まれるので、被告会社においても、労働者は新聞を所持したまま自由に入門することができたもので、これを被告会社では点検することはできなかつたものといえる。

そしてまた労働者が所持して入門しようとした新聞の部数が二部以上であるからといつても、わずか五部や六部を所持することは、それ等が、同一種類、同一日付のものであろうとなかろうと、全部自己用であろうと、他人に頼まれた他人用のものが含まれていようと、新聞である以上社会通念上は日常携帯品そのものに該当するものと考えられ、被告会社側にはこれ等を点検する権原はないと言える。

(七)  しからば、本件の原告両名が日刊新聞「アカハタ」各四、五部ずつを所携して入門しようとした際の状況について検討してみるのに、前記二で認定した事実によれば、原告福島の場合でも、原告三野の場合でも、原告等が所携していたのは日刊新聞四、五部に過ぎないのであり、四ツ折にしてはだかのまま小脇にかかえていたというのであるから、原告等としては就業規則第三〇条に言う日常携帯品を所持していた場合に該当し、自由に入門できた場合であり、被告会社の守衛としても、原告等の所持している物がわずか四、五部の新聞であることは外見を見てすぐにわかつたことでもあるので、元来その点検を要求することはできない場合であつたと言える。しかるに被告会社はその守衛等をして原告等に対し、執拗に点検を要求させ、且つピケを張るような方法により入門を阻止させたことにより、原告等が就労することを不可能にさせたものであるから、正に就業規則を濫用したものと言え、その具体的な方法は公序良俗に違反した違法なものであると言うことができる。

四、結語

以上に検討したところによれば、原告その余の主張を判断するまでもなく、原告等は雇傭契約上の雇主である被告会社によつて就労することを阻止、拒絶されたもので、原告等の労務給付は債権者である被告会社の責に帰すべき事由により履行不能になつたものと判断されるから、原告等は雇傭契約上の反対給付である賃金を被告会社に請求する権利があると言うべきである。そして原告等が就労不可能とさせられた間に相当する賃金は、原告福島凉においては七時間分で金一、五五九円、原告三野利昭においては金四五五円八〇銭であることは被告が明らかに争わないので、被告は自白したものとみなされるから、被告会社は原告等に対し賃金として右各金銭を支払う義務があるので、右金銭の支払を求める原告等の請求はいずれも正当と言うべきである。

よつて原告等の請求を認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言については、民事訴訟法第一九六条第一項により、賃金の性質上早急に支払われることが望ましい等の事情から無担保による仮執行の宣言を適当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 平山雅也)

(別紙)

記 (就業規則中の入出門における点検)

第三〇条

第一項 日常携帯品以外の物品を携帯して出入するときは所定の持出証又は持込証によつて守衛の点検を受けなければならない。

第二項 前項の細部並びに業務上の物品の搬出搬入については別に定める。

第三項 前二項の外、必要ある場合は守衛の請求により、携帯品を点検することがある。

記 (物品搬入搬出及び持出規程中の私品の持込、持出)

第一六条

第一項 従業員は作業衣、傘、洗面用具などの日常携帯品及び書籍、新聞、雑誌、軽易な運動用具その他これに類するものの外私品の持込をしてはならない。

第二項 私有の器具類で作業上特に持込を必要とするものがあるときは、守衛に提示して持込の承認を受けなければならない。

第一八条 私有品の持込、持出の場合及びその他守衛が必要と認めた場合は、守衛の指示に従い点検を受けなければならない。

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